もう長いこと、私は金融機関職員ではありません。でも初心を見失ったときに立ち返るべき思いは、金融機関の渉外(営業)担当経験から生まれました。
こんにちは。株式会社ネクストフェイズのヒガシカワです。
私はお調子者な性格で、しばしば慢心してとんでもないことをやらかすことがあります。前職の金融機関時代は上司や先輩に恵まれていて、調子に乗りすぎたとき私の鼻をバッキバキに折ってくれました。
そんな私が「できるだけ多くの中小企業経営者に金融機関との上手なつきあい方を伝えたい」という思いのもと経営コンサルタントとして独立したのは、2003年。
その思いを持つに至ったエピソードがあります。その出来事こそが、あのころ私の鼻を折ってくれた上司や先輩の代わりに独立後の私を慢心から離れさせてくれます。初心を失ったときに戻るべき場所なのです。
このたび金融機関の渉外担当者向けのビジネス書『信頼される渉外担当者になる極意』を近代セールス社から出版することになりました。「はじめに」の項で執筆したこのエピソードを、ここに紹介いたします。長文ですが、お時間が許せばぜひおつきあいください。
リージョナルバンカー(金融マン)としての「使命」と「誇り」
私は、金融機関の渉外担当者には、持っておくべきものが2つあると考えています。
1つは「使命」。もう1つは「誇り」です。
金融機関行職員としての「使命」とは、「いざというときにお客様の役に立てるか」ということ。
「誇り」とは、「いざというときにお客様の役に立てる力を持っているか」だと思います。
この「使命」と「誇り」が明確であればあるほど、真にお客様に「頼りにされる」「喜んでもらえる」存在になり、どんなお客様とも一生ものの関係を作ることができるはずです。
ここで、私が仕事をするうえでの「原点」となったエピソードを話したいと思います。このときの想いがあるからこそ、今も「できるだけ多くの人の役に立ちたい」と思って活動することができています。
阪神淡路大震災で本部の「ボランティア募集」に応じる
私には忘れられない経験があります。この経験をしたことで、仕事に対する「使命」と「誇り」を手に入れることができました。ひいては今の仕事をする礎になったのだと思っています。
阪神淡路大震災のときの話です。
当時、まだ私は金融機関に勤めていました。毎日預金を集めたり、融資をしたりという仕事に対し、やりがいを感じなくなり、このままでいいのかと悩んでいたような状況でした。そんなときに阪神淡路大震災が起きたのです。
テレビで神戸の悲惨な状況を観ながら、金融機関というのはこんな時には何の役にも立たないと悔しい思いをしました。そしてその度に「何かできないか」とずっと考えていました。
その週末、本部から「ボランティアの募集」という話があり、私はすぐに参加することにしました。救援物資を被災地にバイクで届けると同時に、現地で小銭を配ったり、お金を貸したりといった仕事でした。
①公衆電話を使うための小銭を配る
震災直後は、着の身着のまま、パジャマで投げ出された人がほとんどでした。親類縁者に無事を伝えようにも、助けを求めようにも、連絡手段がありません。
当時は携帯電話を持っている人が少なかったので、もっぱら連絡手段は公衆電話となります。しかし、その公衆電話を使うための小銭を持っていない——。その方たちが、親類縁者に連絡をするために必要な小銭を配っていたのです。
10円玉が50枚まとまった筒を、あちこちで野宿している人たちに配っていくという仕事でした。はじめは、警戒してなかなか受け取ってもらえませんでした。
それはそうですよね。
いきなり、知らないにいちゃんが来て「おっちゃん、このお金使って」と言って渡されても、受け取りますか? 「なんやこの人、頭おかしいんちゃうか」と思うのが当たり前です。
なぜ小銭を配っているのか理解してもらうために、細かい説明を一人ひとりにしていきました。
これまで、お金を貸したり集めたりするのに苦労することは経験していたので、よく分かっていましたが、お金を配るのにあんなに苦労するとは思ってもみませんでした。
②実印や本人確認書類なく融資
その次に行った仕事が、「資金を必要としている被災者に対して、お金を貸すこと」でした。幸い、神戸市内にあった支店は、何とか使用する程度には倒壊を免れたので、ここでお金を貸していました。
その貸し方ですが、5万円を上限に「住所」と「名前」と「何に使うのか」だけを聞いて、大丈夫だなと思った方には、借用書にサインと拇印をもらい、現金を渡していました。
信じられないでしょう。
当然、返済するという意思のある方にだけ現金を渡していました。
着の身着のままで投げ出された方ばかりですから、実印や免許証を携帯しているはずがありません。自分が誰かということを証明する手段を持っていないのです。
パジャマから普段着に着替えるためにはお金がいる。
親戚の家まで訪ねていって当面のお金を貸してもらうためには、その交通費がいる。本当なら、電話して持ってきてもらえばよいのですが、親戚の家の電話番号なんか覚えていませんよね。
それに、来てもらうにしても、どこに来てもらえばよいか説明できないのです。地震で街並みが変わっていて、目印となる建物もありませんから、自分が行くしか方法がないのです。
そんな方たちに、当面必要なお金をお貸しすることが重要だと考え、「そのお金が返ってこなくとも仕方がない」という開き直りをもってお金を貸しました。
もちろん、お客様から預かった預金でそんな貸し方をするわけにはいけませんから、そのためのお金として寄付を募りました。すると、多くの方が浄財を出してくださり、約1週間で3億円ほど集まりました。その浄財を元に500円を配ったり、5万円(上限)を貸したのです。
「あの信用組合に行ったら、名前と住所を言うだけで5万円貸してくれるで」という噂を聞いて、多くの被災者がやってきます。人手が足りず、私も融資担当として窓口で応対しました。そこには、いろんな方がやってきます。
「福岡の親戚にお金を借りに行きたいので、その分の交通費を貸してください」という人もいれば、「もう、同じ服を1週間も着続けているので、着替えを買いたいのです」という方もいらっしゃいました。
一方で、あきらかに震災前からホームレスだったと分かる方が、酔っ払いながら「ここにきたら5万円配ってるって聞いたんやけども。5万円ちょうだい」って来たことも。この人に貸したら絶対返ってこないなと思いましたので、早々に帰っていただきましたが…。
私たちもプロですから、本当にお金を必要としているのか、それとも都合よくだましてやろうと考えているのかは、話を聞けば分かります。そうして、お金を必要としている方にどんどん貸していったのです。その中でのエピソードです。
60歳ぐらいの女性がお金を借りに来た理由
60歳ぐらいの女性が「すみません。こちらでお金を貸していただけるとお聞きしたのですが」と窓口にいらっしゃったので、担当者は「何にお使いになられるのかお聞かせいただけますでしょうか」と尋ねました。
おそらく、金融機関でお金を借りるという経験をしたことがない方なのでしょう。どう言えばいいのか、迷いながら言いづらそうにしていました。
そんなときは、こちらが急かせば心を閉ざしてしまうと、その日の経験から分かっていましたので、担当者はそのまま黙って待っていました。
すると、一言「ドライアイスを買いたいのです」と。
「え? ドライアイスですか。差し支えなければ、何のために必要なのか教えていただけますでしょうか」
「実は、今回の地震で家が倒壊してしまいました。夫はその下敷きになって亡くなってしまいました。なんとか、遺体を掘り出すことができたのですが、まだ周りも大変混乱していて、その遺体をどうすることもできません。このままおいておけば、どんどん腐ってしまいます。なんとか、ちゃんとお見送りできるようになるまで、遺体が腐らないようにドライアイスを買いたいのです」と泣きながら話されました。
その担当者は、冷静に話を聞かなければいけない立場であったにもかかわらず、涙がボロボロとこぼれるのを止めることができませんでした。上司に報告し、すぐお金を渡しました。それを受け取った女性が何度も何度もお礼を言いながら出て行った姿が今でも目に浮かびます。
その光景を目の当たりにした私は、初めて「人の役に立つ」という意味を知ったような気がします。
世間が困っているときにこそ金融機関ができること
私の勤めていた信用組合の理事長は、「金融機関だからこそ、被災者に提供できることがある」といって、500円の配布と5万円の融資を決めたのだと聞きました。普通、まともなバンカーなら戻ってこない可能性の高いお金を貸すなんてことは思いつきません。
金融機関だからといって何もできないのではなく、金融機関だからこその使命があるということをこのときに知ったのです。
そして、この仕事に対する誇りも感じることができたのです。
人に喜んでもらうためには、人がやってほしいことをやるだけではいけない。
人が思ってもみないことを提供できてはじめて、喜んでもらえる、人に役立てるということに気付きました。
どんな仕事にも使命があり、その使命を果たすことが誇りにつながるということも知りました。
そのために、「気配り」や「目配り」「心配り」がどれだけ大事なのかということを、あの震災の現場が教えてくれたのです。
ちなみに、そのときに貸した3億円がどれだけ返ってきたと思いますか?
実は、97%が返ってきたのです。
その結果を聞いたとき、人に対する「想い」というのは必ず伝わるものだと感涙しました。
「使命」と「誇り」。
初心を忘れたときに思い出すようにしています。
コロナ下で自分ができること
今回のコロナショックで、多くの中小企業が資金繰りに困りました。そうした場面で、渉外担当者としての「使命」や「誇り」を持って行動することができたでしょうか?
金融機関に求められているものは、とても大きいものだとコロナショックの経験で感じたと思います。今後、渉外担当者として活動していくうえで、この本が皆様の参考になれば幸いに存じます。
一般社団法人融資コンサルタント協会 東川 仁